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’春風’にのせて・・         (管理人からの お礼のことば)      管理者へメールを送る


本日は、私のつたないHPをご覧くださり、
ありがとうございました。



月日の過ぎ去るのは、早いものです。

その実感が最近ではますます強くなっています。
本当にあっという間。
渦中にある時は、大変な思いで様々な出来事を乗り越えています。
一刻も早く行き過ぎるように、と切に願いながら。

でも、そうしたことを今思い返せば、それらは瞬く間に過ぎたようにも思えるのです。
時として、私だけが違う時間軸を過ごしているのでは、との錯覚を感じる事があります。

年頭に掲げた目標や過ごし方への想いは醒めていないつもりですが、気が付けば、もう七月。
早くも一年の折り返しを過ぎてしまっています。

こんな風に時が過ぎ去るから、歳を重ねるに従ってグンと加速して老けていくのでしょう。
この辺りで一度、もう一度立ち返って、すっかり埋もれてしまった今年抱いた想いを蘇らせて、新たなものにすべきなのかもしれません。


年を取ると言うのは、新たな出合いよりも別れの方を多く重ねる事。
今年は辛い別れがありました。
生老病死は、人の世の常ですが、誰もがそうであるように、それが我が身に及ぶとは普段あまり覚悟していませんでした。

でも、その惜別のなかで、温かく力強い励ましを、本当に多くの人達から頂きました。

人は一人では生きられませんね。
多くの支えがあってこそ、自分の生を全うできる。

そして、そうやって辛うじて成り立っているものは、
本当に弱くて、その上、実にあっけないものなのだと思います。

だからこそ、そうして得たものを大切に守らなければならない。
 
 生藤山にいて、ワンゲル部メンバー撮影による

 歳を取ると、ともすれば傲慢さが頭をもたげてきます。
 人の生は、本当に儚いものに過ぎないというのに。
 そのことに気付くには大きなエネルギーが要て、
 人はその儚さをつい忘れてしまうようなのです。

 普段から奢る心で過ごしていたら、気付かないうちに
 大切なものを沢山落としてしまうではないか・・。

 温かい心が寄せられていることも見落としてしまって、
 ただの空疎なもの、実にちっぽけで取るに足りない
 欠片の寄せ集めのようなものに成り果ててしまう。

 だからこそ精一杯過ごしていく必要がある。
 そこでは、いつも謙虚な心でいなければならない、
 と思うのです。

 明るく、愉しく過ごすだけが豊かな事ではないでしょう。
 辛い事や深い悲しみも、自分にとっては掛け替えの無い
 大切なものなのかもしれません。

 そうした経験があるからこそ、時を豊かなものに出来る。
 素晴しい、と人生を愛せるのだと思いはじめました。

 凡人の悲しさ。未だに、地に足着けてしっかりと、
 とはいきません。
 達人の振る舞いに近づくには、まだまだ棘に満ちた長い
 道のりを踏みしめて歩いていくことが必要な様です。

 ほんの少し「のんびり」とできる日が来る事を願って・・・。

   六周年を迎えて     2012年07月07日


 <2006.05.27>
 職業柄、パソコンには密接に関係しているのですが、我が家のNet化(いまや死語)はついこの間で、
 このHP開設もやっと今日始めたばかり、ということになりました。

 そのようなわけで、まだまだHP管理人としては幼児同様で、今やっと歩き始めたところです。
 皆様の温かい愛情が私の成長の糧となります。

 頑張っていくのも大切だけど、少しのんびり、自分の時間も大切にしたい・・・。
 ページの冒頭にも書きましたが、そんな空気感を共有できたら、幸いです。
                     さいたま市在住  1960年産 いて座


 <2007.05.27>
 さて、私のHPもお蔭様で無事に一周年を迎えることが出来ました。

 励ましの言葉や素敵な写真を投稿くださり、温かく応援を頂いた事が大きな支えとなりました。

 この一年はフィルムを使ったのは僅かに8本程度で、ネガフィルムでの撮影に至っては2本きりでした。
 例年、36枚撮りで約60本を使っていましたから、なんだか嘘のようです。
 こうして使っているパソコンの不調をやっとの事で乗り越えたら、今度はプロバイダーの容量が不足して、
 HPを引越しすることとなりました。  この新しい、アドレスでの閲覧もよろしくお願いします。
                     一周年を迎えて  春風(ハンドルネーム)


 <2008.06.14>
 早いもので、こうして振り返ると、初めてページを立ち上げてからもう2年が過ぎました。皆様の温かな応援のお陰で、
 3年目の挨拶を、こうして載せることができました。

 さて、今年からは、ページ構成と分類を変えてみました。写真や散歩・ハイキングだけでなく、
 もう一寸趣味の世界に踏み込んでみたのです。
 「カメラ機材」や「自作オーディオ」、「台湾のお茶」、「自転車(整備やポタリング)」など、新たに分類して、
 紹介のページを作りました。

 相変わらず「のんびり 行こうよ」が基本の姿勢ですがサブ・タイトルの「趣味、いろいろ」とあるように趣味の世界を、
 もっと深く充実させて行きたい、と願っています。

 最近は、暗い世相で殺伐とした事件が絶えません。
 明るい期待に膨らむ「新しい春」、その温かさを伝えたい。
 儚いながらも生命の躍動に溢れ、一心に伸びゆく自然。

 そんな春の景色の中で吹く、一陣の風のように在りたい、と、いつも思います。
                      二周年を迎えて


 <2009.06.20>
 去年から思い立って、「趣味、いろいろ」のページでサブページを起こして、長年親しんだものに関して思い入れも込めて
 改めて紹介し始めました。

 写真を撮ることは長年の趣味生活の<柱>なのですが、実はその機材についても撮った写真同様に愛着が深く、
 メカの機能性に惹かれます。
 そこで、保有しているカメラ・ボディやレンズについて改めてまとめてみた訳です。

 何台も持っている一眼レフボディではありますが、最近ではフィルムで撮る機会はめっきりと減って、
 それらの豊富な機材はほぼ現役の一線から引退している状態です。
 たまに取り出して空シャッターを切っていると、それぞれの機種を吊り下げてあちこちを写し歩いたことが蘇ります。

 バネや歯車の組み合わせによる「機械制御の仕組み」は不思議なもので、
 手にしていると心なしか独特の温もりが感じられます。
 こちらには判らない奥深い部分でひっそりと、しかも迅速に行われている電子制御の機構とは、
 一味違うものが伝わってくるのです。

 「エージング」を重ねてなんともいえない「深い味」が滲んでくる場合がありますね。
 人は機械と同じではなく、そこが難しいところでしょうか。

 優れた資質のものは、年月を経てむしろ輝きを増してくる、そう思うのです。

 ふとしたことに衰えを感じることが多くなった昨今ですが、
 なんとか深い味わいが滲む、それでいて感受性や心は青年の瑞々しさを失わない。

 そんな粋なオヤジ(中年)を目指したい、と思っています。

                     三周年を迎えて

 <2011.06.26>
 気がついたら、四周年目を通り越し、早くも五周年を迎えていました。

 昨年から今年への2年間を表現すれば、月並みな言葉ですが、まさに 「公私共に、実に多忙な歳月」でした。
 私ごとき一介の若輩者には、実際には取立てて言う<公の立場>などは無いはずなのですが・・・。

 先春に決意した転職とそれに伴う転居、秋口から始まった故郷に残る母親の介護、そしてこの春の再びの転居、
 と生活を取り巻く環境が大きく数度、変わりました。

 そんな中で、いつしか「のんびり」することを忘れ、 時間に追われ、生活に埋没して、
 大切にしなければいけない幾つかのものを、いつの間にか忘れてしまったようです。

 そのことを思い起こさせてくれたのは、古い友人達との交わりでした。
 遥かな昔(中学卒業から数えても、もう35年も前の事になります)に培った友との間に流れていた 確かなもの、
 それは空気感にも似た感触といったものですが、そうした測ることはできないけれど確かな質量を伴ったものを、
 改めて取り戻すことができたのです。

 故郷には私を知る古くからの友人がいて、そうした幾人かとは今も繋がりがあります。
 その結び付きは一番に大切すべきものなのですが、昨今は多忙にかまけて、彼らとは年に数回会う程度の交わり
 になっていました。

 それがここにきて、中学時代の多感な時期を一緒に過ごした数人の仲間達と、それこそ数十年ぶりかで邂逅する事が
 できたのでした。

 目の前には小皺の増えた顔があり、お互いの中年振りを改めて思い知りましたが、
 瞳にはあの頃を彷彿とさせるに充分な温かみがあり、その顔や声にも気の置けない微笑みがありました。
 往時、徹夜で語り明かした口調もいつの間にか蘇って、実に近しく彼らの存在が感じられたのです。

 生活に必死になるあまり、いつしか遠いところに置き忘れてしまった連帯感や信頼や共感など、
 それらが触れられる程の確かさで、盃を挟んだお互いの、直ぐ目の前にありました。

 そこで感じたのは、「同じ時代を生きている」という共鳴・共生の意識であり、そして「今、自分は決して一人きりではない」
 という心からの安らぎ、でした。


 思春期の数年間は、その後の苦難を含んだ互いの人生で言えば、ほんの一区画を占めたに過ぎません。

 そんな僅かな時間を一緒に過ごしただけなのに、そこで流れていたのは、他に変え難い濃厚な時間でした。


 人生の折り返しポイントをとうに過ぎ、そろそろ残された後半戦へ入る岐路に、今の私は立っているといえます。

 そうした状況なればこそ、かも知れませんが、日々積み重ねていく生活の密度をさらに高め、
 そして様々な想いの濃度をもっともっと濃くしていきたいものだと思いはじめました。

 地に足着けて、しっかりと、しかしその中でも、ほんの少し「のんびり」と・・・。

                   五周年を迎えて