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2007.05.03
川越ポタリング

アクセス;
 JR川越線、東武東上線 川越駅、または西武線 本川越

コース;
 さいたま新都心 〜富士見市、〜川越市

カメラ;
 RICOH GR−D

 (画像添付時に約70%程度に圧縮)


 なんだか判らないうちに午前中が終わってしまい、居ても立ってもいられないような気分になってきた。ゴールデンウィークの後半が始まった。

 「あれもやろう、これもやろう」とさまざまに考えていたのに、何もやっていない事に少しあせっていた。家人と子供は帰省してしまったので、今日から三日間は何でも出来るが、いざとなると漫然と過ごしてしまう。

 天気も上々だし、とにかく自転車にまたがって出発だ。

 久しぶりの自転車なのでどこへ行くか迷ったが、時間的なことを考えると川越あたりが適当だろう。最近の体力的な衰えを考えると川越までいけるかどうかはわからないが、まあ途中まででも充分に楽しめるに違いない。

広大な荒川の河川敷(治水橋からの一望) 昼間の渡し(荒川支流:びん沼川・新河岸川)
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 さいたま市からは国道17号(新大宮バイパス)から国道16号(川越バイパス)で市街まで向かうことが出来るが、それでは少し味気ない。川越市街へは遠回りとなるが、静かな川沿いの道を選んでみた。

 治水橋(ちすいばし)で荒川を渡り、富士見市方面へ向かい、「びん沼川」、「新河岸川(しんがし)」と川筋に沿って進む道だ。

 「昼間の渡し」跡のあたりでは、多くの釣り人で賑わっていた。かなりの人出だがバーベキューなどをしているわけではなく、いたって静かだった。河岸の静かな休日を絵にすればきっとこんなだろうと思われるような様子だ。

古市場あたりの河岸(新河岸川の河岸の道) アカツメクサ

 新河岸川の渡し跡から、家康が鷹狩りをしたと伝わる「権現山」を抜けて、川沿いの砂利道を進む。

 「古市場(ふるいちば)」を過ぎてJR川越線の南古谷駅(みなみふるや)の手前で国道254線へ出て、「小仙波(こせんば)」の河岸から市街へ向かう。小仙波の河岸には、桜が並んで植えられている。きっと、花の季節には美しい河岸となるに違いない。(葉桜でも、写真のように美しいが、あの白い花弁が満ちた様子を想像すると、その美しさは格別であろうと思われる。)

小仙波(こせんば)の河岸 中院
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 街に入ると、まず有名な「喜多院(きたいん)」のほうへ向かった。

 喜多院の手前にある、もの静かな「中院」で自転車を停めて何枚かの写真を撮り、三大東照宮とされる「川越 東照宮」へ行ってみた。ちなみに、東照宮からはそのまま小道が喜多院へと続いている。

 すでに東照宮から観光客の喧騒は始まっているが、まだ、喜多院の雑踏ほどではない。

 川越は親藩の重要な拠点(藩祖、「酒井重忠(さかい しげただ)」は徳川家の重臣)だったので、ここにある東照宮は実に立派なものだ。

中院の鐘突堂 
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東照宮の石段 東照宮

 余談だが、ふるさと前橋にも同様に東照宮があり、やはりそれなりの規模を持っている。

 ちなみに明和年間の前橋城主:松平朝矩は利根川の氾濫で前橋城が崩壊した折、そこを引き払って川越に本拠を移し、以来しばらくの間は本拠が川越で前橋藩の飛び地になっていた東松山の地に前橋支配のための陣屋を置いてた。(もっと詳細に調べてみれば、川越と前橋は浅からぬ関係があるのだろう・・)

東照宮 喜多院

 「小江戸、川越」とよばれているのは、古い町並みと家屋が残っているためだ。

 この街には寺院が多く、蔵が残る通りには老舗が多い。喜多院の本殿(江戸城から春日の局の住居を移転)や本丸御殿、時計台など名所と呼ばれる建物が街中にいくつも残っている。

 「菓子屋横丁」と呼ばれる一角があり、歴史的にはまったくたいしたものではなくいわゆる「昭和レトロ」だが、ここもまたいつでも人でいっぱいだ。元は問屋が多かったらしいが、いまでは観光客相手の昔懐かしい駄菓子などの小売の店がならび、賑わっている。(横浜のラーメン博物館や青梅駅、浅草や柴又や谷根千―谷中・根津・千駄木―など昭和レトロをコンセプトとする場所はどこも皆すごい人気だ)

町並み 町並み
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 喜多院からは、少し離れた川越城の本丸地区へ行く人波が続く。郭跡を思わせる道が、「鍵の手」や大きく曲がって御殿まで続く。
 
 川越城の本丸御殿は、通常見かける城郭のような「櫓作り」ではなく、寝殿作りというか、どちらかというと京都や奈良にあるような大きな寺院を思わせる建物だ。

川越城の本丸御殿 愛車

 御殿へ向かう途中の町並みには、何軒かの古い商店があり、佇まいを見ているとなんだか気持ちが和んでくる。

 注意してみると、「天保創業」などと、とんでもない内容がさりげなく書かれていたりするので、なかなかに油断は出来ない。

天保といえば、木枯らし紋次郎か  バーだという
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 川越市街を後にして、市街の北側からさいたま市へ向かうバイパス沿いには、「伊佐沼(いさぬま)」という広大な沼がある。

 まだ日暮れには充分時間があるし、気持ちよさそうなので、その周りを回ってみた。

郊外の伊佐沼 伊佐沼

 沼を後にしてバイパスをしばらく行って、果てしなく続く上江橋で入間川・荒川と渡り河川敷のゴルフコースや教習所を過ぎると、土手沿いに自転車道路が出現する。

 この道はそのまま、浦和の「秋が瀬(あきがせ)」公園の先まで続く。河川敷の施設(ゴルフ場など)へのアクセスのために途中車が横切るが、原則は自転車のみ通行可となっている。だから、ロードやマウンテン、ママチャリなど種々雑多、さまざまな自転車がこの道を走っている。

 土手に沿ったサイクリングロードを爽快に進み、鴨川(かもがわ)のあたりへ抜ける場所で、さいたま市へ戻ることにする。

帰り道(見えている電車は埼京線) 荒川土手のサイクリングロード
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